腹圧と、体幹トレーニング・競技動作の関係について




最近チョコチョコ見かけるキーワードに腹圧(腹腔内圧)があります。それらを眺めていると「腹圧を意識してペダリングを~」とか、「腹圧を意識して体幹トレーニングを~」といった具合です。

 

細かい理屈は後ほどご案内しますが、確かに腹圧が上昇すると身体の剛体化に寄与いたします。胴体部分を安定させると動作の効率が良くなるという考えの下に注目しているのかなと想像しております。

 

今回は腹圧というものがどういった仕組みで成り立っているのか。各種運動時に腹圧はどうなっているのか考えてみたいと思います。

 

腹圧の仕組みについて

 

腹圧とは風船のようなモノと考えると理解しやすいです。空気を入れると徐々に膨らみ、沢山入れるほど硬くなり形状が変化し辛くなります。このパンパンに膨らんでいる様を腹圧が高い状態とお考えください。

 

ちょっと想像していただきたいのですが、風船に穴が開いていれば幾ら空気を入れても膨らみません。当然、風船内の圧力も上がらず柔らかいままです。従って、空気が漏れないようにしっかり蓋をしておくことが必要不可欠です。

 

人間の体で空気が漏れないよう蓋をするには下記に記す4つの筋肉が作用してなされます。

 

・腹横筋(前面と側面)

・多裂筋(背面)

・骨盤底筋群(下部)

・横隔膜(上部)
※注 括弧内は主に何処を支えているかを意味します。

 

腹横筋とは肋骨や骨盤、背中の筋膜から正面に向かって腹巻やコルセットのようにお腹を覆っている筋肉です。お腹を内側に押し込むことで息を吐かせるのが主な作用です。

 

次に多裂筋について。こちらは仙骨・腰椎・胸椎・頸椎といった脊柱に付いている筋肉です。体を横に倒したり、体を反らせる動きに作用します。

 

骨盤底筋群はその名の通りです。骨盤の底にある筋肉群で周辺の筋膜と一緒に骨盤内の臓器を支える役目です。

 

横隔膜は呼吸を司る膜です。ここが上下に動くことで肺が萎んだり膨らんだりします。

 

これら4つの筋肉が同時に腹腔を圧縮することで腹圧が高くなります。4つが同時に圧縮するというのがポイントです。何処か1つでも力が抜けていれば穴が開いているのと同じで腹圧は高くなりません。次にそれを検証した研究をご紹介します。

 

各種運動時の腹圧について

 

NHKで放送された筋肉体操に出演され、世間一般でも知名度の高い谷本先生が腹圧について下記のような研究を報告しております。

 

・1年以上定期的にレジスタンストレーニングを行っている成人男性10名が対象。

・フロントブリッジ(いわゆるプランク)やバックブリッジといった1分間同じ姿勢を保つ体幹トレーニング。クランチやバックエクステンションといった屈曲・伸展を伴う体幹トレーニング。スクワットといった一般的なレジスタンストレーニング。メディシンボールを投げたりバットを振るといった競技動作。それらを行った際の腹圧の変化と筋電図を測定した。

 

それらを行った際の筋活動については下記の図をご覧ください。

 

例を挙げるとFB(フロントブリッジ)を行った際は、RA(腹直筋)やTA-IO(左右腹横筋-内腹斜筋)の活動が高く、ES(脊柱起立筋群)の活動は低いのが見て取れます。前面を中心に側面には力が入っているけれども、背面は力が抜けていると解釈して良いでしょう。

 

次に、息を止めて思いっきり力む状態(バルサルバ法)の最大値を100%と設定した腹圧の最大値は下記の図をご覧ください。

1番左側のグループが同じ姿勢を取る体幹トレーニング。左から2番目がクランチなどの体幹トレーニング。3番目が一般的なレジスタンストレーニングで4番目が競技動作です。

 

競技動作が最も高くレジスタンストレーニングがそれに次ぎます。BP(ベンチプレス)は寝そべっているので低いのは想像に難くないのですが、スクワットでも50%程度であり思ったほど高くないなという印象です。

 

注目するべきは体幹トレーニングで最大でも20%程度。下限は10%程度です。谷本先生の解説によるとこれは安静立位と大差無い数値です。

 

この理由について、下代・谷本先生は下記のように説明しております。

 

IAPを上昇させるうえで声門を閉じることは重要な必要条件となるが,TSTでは1分程度運動が継続するため,呼吸をしながら行う.

実験力学 Vol.18,No.3(2018年9月)

※注 IAP(Intra Abdominal Pressure)=腹圧。TST(Trunk Stability Training)=姿勢を保つ体幹トレーニング。

 

呼吸をしているため必ず上部から圧が抜けているということです。従って、いわゆる体幹トレーニングを行っても腹圧は上がりません。そして、ある部位にだけ力を入れるような動作を行っても同様であると考えられます。

 

イメージを伝えたいだけなのかもしれませんが「腹圧を意識して体幹トレーニングを~」という指示は的を外していると言って良いでしょう。

 

自転車競技中の腹圧について

 

それでは自転車競技中はどうでしょうか。水泳やジャンプ動作では見つかるのですが、Intra abdominal pressure (during) cyclingといったキーワードを用いてPubmedとGoogle Scholarで検索しても見当たりませんでした。

 

残念ながら実測したモノを用意できなかったので仮説を立ててみたいと思います。

 

まず前傾姿勢をとれば体は丸まるので腹横筋に力は入っていそうです。前面と側面に関しては支えがあると考えられます。

 

次に下部について。骨盤底筋群に力が入っているかどうかは分かりませんが、近くの臀筋群は常に動いておりますしそれに影響されていそうです。そしてサドルがあるので外部からの力が加わっています。全く支えが無いという状態では無さそうです。

 

背面について。前傾姿勢をとり体が丸まれば脊柱起立筋群は弛緩します。力が抜けている可能性は高いですが、体をまっすぐ伸ばしたまま股関節から前に倒せば背中に力を入れることは可能です。不可能では無いので判断は保留いたします。

 

問題は上部です。ゴール前のフルスプリントや歯を食いしばってアタックに反応するといった限られた場面を除けば、自転車競技中は常に呼吸します。横隔膜が動き続けており、ここから圧が抜けていると考えて良いでしょう。従って、自転車競技中に腹圧が上昇するとは考え難いです。

 

強いて言えば、前傾姿勢を取れば胸部および腹部が圧迫されるので腹腔の容積が減ります。容積が減れば相対的に腹圧は上昇するかもしれませんが、恐らく数%の差であり身体を剛体化できるほど高くなるとは思えません。

 

まとめ

 

・腹圧を高めるには4つの筋肉が同時に収縮する必要がある

・ある部位のみ力を使うフロントブリッジといった体幹トレーニングをしても腹圧は上がらない

・同様に自転車競技中も上がるとは考えられない

 

なぜ腹圧が注目されるのか?恐らく、胴体部分を安定させると動作の効率が良くなるという思い込みから始まり、トレーニングにおいても腹圧を意識した方が良いと考える人が提唱しているのかなと思っております。

 

しかしながら、以上述べてきたように体幹トレーニングをしても、自転車競技中でも腹圧は上がらないと考えられます。

 

そもそも以前のブログでご案内したように、胴体部分を安定させても動作の効率が良くなるかは疑わしいです。

 

腹圧や体幹を意識することで結果的に競技パフォーマンスが向上することはあるかもしれませんが、胴体部分の安定化が有効であるという思い込みから過剰に評価されているというのが率直な感想です。

 

もし、体幹や腹圧を意識しろと提唱するならばその理由についてよく考えて頂きたいと思っております。これをご覧の皆さんも、競技力の向上といった目的のためには何が必要かよくお考えいただければ幸いです。

 

参考文献

 

下代昇平、谷本道哉

体幹トレーニングおよび各種運動時の腹腔内圧の変化動態と体感筋群の筋活動の関係

実験力学 18(3), 184-191, 2018